コラム4 安室ちゃんの復活劇 どうやって復活したか?

コラム

「SUITE CHIC」プロジェクトに参加して見えてきた「新しい安室奈美恵」の方向性。(「NHK総合 平成史スクープドキュメント第4回 2019年1月20日放映画像より」)

 

4.安室ちゃんの復活劇 どうやって復活したか?

「頂点を二度極めたスターは本物のスター」という。

安室ちゃんというと、いわゆる「アムラー」の映像とセットになった最初の頂点の印象が一般的には強いですが、安室ちゃんがリスペクトされるわけの根底には、その後「復活」を遂げて、黄金時代を作ったところにあることは、言うまでもありません。

では、どうやって復活したのか?

なぜ復活できたのか?

「復活」したということは、その前に低迷期があったということになります。ではその時期はいつだったのか。どこから復活したのでしょう?

「低迷期」=「安室ちゃんが(売上が落ち込んだことに)悩んだ」時期と思う方々が多いかもしれません。そう見ると売上が底を打った時期が「復活」の起点と言えます。以下に人気の推移をグラフにまとめてみました。

青線はCDシングル売上枚数を示す。1997年(平成9年)に「CAN YOU CELEBRATE?」がリリースされピークになる。(左目盛が枚数)
・赤茶色の線はオリコンランキング最高位を示す。上に行くほど順位が高い。(右目盛が順位)
・灰色の棒グラフはライブ動員数(万人)を示す。2009年上期の50万人は「BEST FICTION TOUR 2008-2009」(64公演)

「売上」(CDシングル累計売上:青いライン)でみると「CAN YOU CELEBRATE?」を含む1997年(平成9年)上期の300万枚強がスゴすぎて目が眩み、「それ以降ずっと低迷期?」となってしまいます。しかし多くの人が指摘するように、2000年ミレニアム時代には音楽配信が普及してCD市場自体が縮み「売上」では動きが「?」になります。そこで安室ちゃんも重視したというCD売上げ「最高位」の推移を見ると、小室哲哉さんから離れてセルフプロデュースの道を選び、しばらくたった2002年(平成14年)上期(7位)から2004年(平成16年)上期(ALARMの11位)あたり2年間が底に見えます。前掲[7]では「(手探りの時期が)わりと何年も繰り返されていく中で」との本人コメントがあります。「低迷期」=「手探りの時期」とするならば、2年間という長さも一致します。この時期以降が「人気(売上)の復活」のように見えます。

しかし安室ちゃんは本当に人気(売上)の回復だけにこだわっていたのでしょうか?この時期に安室ちゃんは何を感じたのでしょうか?

安室ちゃんは前出[7]のインタビューで次のように言っています。「細かいことは抜きにして、今自分が楽しいと思うこと、歌いたいと思うもの、ほんとに自分がやりたいことを自由に形にすればいいんだなって思ったらすごいラクになったんです。」この言葉は「低迷期」の前半のわりと早い時期の、あの「SUITE CHIC」プロジェクトに参加した時期(2002年(平成14年)末から2003年(平成15年)初め頃?)を回想した時のもの。

「(SUIT CHICで)完全ディレクション、我々でさせてもらってね。」これは「SUITE CHIC」をリードしたZeebraさんのNHKラジオ番組でのコメント。[11]

「SUITE CHIC」プロジェクトに参加して、そのメンバーが自由な形で楽曲を作り上げていく姿を間近で見て、その楽しさを経験することができた安室ちゃんは「強い刺激を受けた。」(前掲[6] NHK 平成史スクープドキュメント第4回 ナレーションより)

安室ちゃん自身が良いと思う楽曲を、歌って踊ってみんなに届けること。「SUITE CHIC」プロジェクトの参加を経て、この「新しい安室奈美恵」の方向性が見えてきました。すると「売上」の捉え方も変わってきます。「売上が上がる」=「みんなに「新しい安室奈美恵」が届いたこと」を意味するはず。安室ちゃんが売上にこだわりを見せた真の理由はここにあるのではないでしょうか。

2003年以降にスタートする「新しい安室奈美恵」に好反応を示したのが、アムラー世代そのものではなく、もう少し若い世代でした。彼ら(彼女たち)はカラオケ映えにはこだわらず、海外のクラブミュージックやダンスミュージックに通じ、そういう分野をおしゃれと感じる世代です。新しい安室ちゃんが「これイイ!」と思って発表する作品は「R&B、レゲエなど、いわゆる海外のクラブミュージックやダンスミュージック」の分野のものでした。[12]

安室ちゃんの作品とは、歌とダンスとライブと映像(ツアーDVDやPV)を融合したものです。安室ちゃんといえばライブ重視。しかしライブを含めた全てを記録しファンと共有できる映像としてのDVDも安室ちゃんは重視しています。「DVDという形は、共同作業でコンサート会場(ファンやスタッフと私のこと)を一つにする唯一の作品だったりするので。」(前掲[1]

復活の道程は、ライブでのファンの反応を見定めながら、作品(歌とダンスとライブと映像を融合したもの)の完成度を高めていく方向を実践する時期になります。映像映えする、歌とダンスに満ちたライブ。安室ちゃんの思いは、DVDという形だけではなく、YouTubeなどを通してみんなに届き、人気を下支えしていったことが想像できます。(同様の見方は既にニスタさんのブログ[13]でも述べられています。)

そうした中で2003年(平成15年)終わりから「namie amuro SO CRAZY tour featuring BEST singles 2003-2004」が敢行されます。このツアーで安室ちゃんは、2003年以降にスタートした「新しい安室奈美恵」の方向性が間違っていないことを真近にファンの反応から確信します。(前掲[10]インタビュー参照)そして同時に、みんなは「強い安室奈美恵」のイメージを求めていることに敏感に気づきます。「(前略)いざ楽曲を発表してみると、ファンの方が”あれ?なんか、ちょっと違う”って違和感を感じていて。つまり、みんなは”強い安室奈美恵”を求めてたんです。」[14]

ファンの反応を敏感にとらえる安室ちゃんの感覚の鋭さ!

自らの方向性が間違っていないことと、ファンが求める安室ちゃんのイメージを掴めた意味で、このツアーは重要です。しかしさらに見逃してはならない点が二つあります。それは、

  1. 「強い安室奈美恵」を作品の中で表現していくことを安室ちゃんが選択したこと。
  2. カッコよくて、強く自立した安室ちゃんのイメージは、社会に出てキャリアをスタートさせて間もない若い女性層が抱く目標イメージに近かったこと。その層はアムラー世代と重なります。

1点目については、安室ちゃんのコメントが以下のように続きます。

「その反応を見た時、私は「私がやりたい音楽を貫くんじゃなくて、ファンの方が求めていることに応えたい」と思った。我を貫くこともできたかもしれないけど、みんなの期待に応えることが、その時の私の中でベストだと思ったんです。あの選択があったからこそ、今の安室奈美恵がある。」(前掲[14]

この決断そのものが、直感的な勘の鋭さを物語っています。我を貫くだけではなく、自らの表現方法を工夫することでみんなに作品を届ける。意外にも思えるしなやかな一面が安室ちゃんにはあったわけです。その後、ライブでのファンとのやりとり(対話)を通じて、かっこいい安室奈美恵のイメージを創り上げていく方向へ進みつづけます。

2点目についてですが、「かっこいい安室奈美恵がいいのかな」と原点を気づかせてくれた[15]のは、アムラー世代ではなくもう少し若い世代だったかもしれません。彼ら(彼女たち)は安室ちゃんを優れた音楽性を提供するアーティストとしてクールなイメージで捉えたことでしょう。重要なことは「強い、かっこいい安室奈美恵」を中心に据える方向性は、いわゆるアムラー第1世代にも強くアピールされることとなったことです。(安室ちゃんのファン層が、第1世代とそれ以降にかなり仕分けができるくらいキッパリと分かれていることはすでに多くの方が指摘しています。(前掲[13][16]、安室ちゃん本人コメント[17])を参照ください。)この頃既に社会に出て自立し始めたアムラー第1世代は、キャリアを積み重ねつつ社会全般に台頭し始めています。彼女たちの目指したい目標イメージに「かっこいい強い自立した安室ちゃん」は、そのストイックな印象も相まって、ぴったりと当てはまったのでしょう。(アムラー世代とストイック。妙な取り合わせに感じるかもしれません。この理由は少し長くなりますので別章「安室奈美恵が駆け抜けた時代 -「アムラー」という生き方 ー」に続けます。)そして新たなファン(第2世代)に後から第1世代が再び加わる形で、人気が復活していきます。

かっこいい強い安室奈美恵。このイメージは、割と本人の素の性格と相性が良かったので、引退まで変わらずに維持できたのでしょう。(「セクシーとかきれいとか可愛いっていうカテゴリーが自分の中にはなくて、唯一、10代からやってきて、周りからも支持してもらえたのが”かっこいい”だったと思う」(前掲[15])新たな安室奈美恵は、このイメージを中心としていろいろなストーリーを周りにちりばめるように発信していくことでゆるぎないものになっていきます。

数字的な結果に自身が不安となる時期もあったものの、数字が上向いていくなかで、同時に作品完成度を高めていける充実感いっぱいの中で、気がついたら復活と言われた20代後半というところでしょう。

Nao’ymtさんが安室ちゃんの「妖しい(ミステリアスな)」一面[18]を見出し、ファンタジーというストーリーを溶け込ませて、現在の「かっこかわいい強い安室ちゃん」像へたどり着いた2009年(平成21年)までが復活の道程だったと考えます。(「namie amuro BEST FICTION TOUR 2008-2009」の成功まで。)

 

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