安室奈美恵が駆け抜けた時代 -「アムラー」という生き方 -

Final Tours 2018「Finally」最終日 音漏れに集まったファンたち。
東京ドーム 25番ゲート前にて。2018年(平成30年)6月3日 19:59ごろ撮影。

 

Final Tours 2018「Finally」の東京ドームツアーに参戦でき、最終日には東京ドーム後楽園駅側で音漏れに参加しました。どこも圧倒的に女性が多く、みんな声も出さず涙を流し、惜別の情に耐えているようでした。「安室ちゃんが決めたことだから、しかたがない」と、みな自らの耐え難い思いを無理やり飲み込み、「今までありがとう」と心で感謝しながら。

2017年9月の引退発表後、日本中をファンのみならず全世代を巻き込んで盛り上がりを見せ、また惜別の情の渦を世間に巻き起こすまでの存在に安室ちゃんがなったのはなぜなのか。まさに平成末期の出来事として記録に残る現象を起こすような象徴的なものを何か安室ちゃんは持っていたのであろうか。安室ちゃんの魅力は「強くてかっこいい」そしてなんたって「かわいい」。それを25年間キープし続けた。そのことだけでもみんなにリスペクトされる存在になるでしょう。しかしそれだけでは東京ドームで目撃した惜別(というより慟哭に近い)の光景を説明できないのではないか。なぜ安室ちゃんのコアなファンは20代以降の大人の女性が圧倒的に多いのか。「かわいい」ならもっと男性ファンも多くていいのではなかったか? そのことをすこし深く考えてみることが本稿の目的です。

 

1.安室ちゃんのファン層は二つに分かれる

安室ちゃんの魅力としてよく挙げられることは、25年間一貫して「強くてかっこいい安室奈美恵」を歌とダンスで表現してきたことと、そのイメージを体現するストイックなプロフェッショナル意識です[23]。そのような安室ちゃんにあこがれ、リスペクトしてきたファンが存在し続けたことで、安室ちゃん自身も「強くてかっこいい安室奈美恵」としてブレずに走り続けてきたのでしょう。

ところで安室ちゃんのファン層はキッパリと二つに分かれることは、既にさまざまな方により指摘されています。本サイトでも「コラム4.安室ちゃんの復活劇 どうやって復活したか?」で簡単に触れましたが、まとめると以下のように分かれます。

・「アムラー第1世代」(1975年(昭和50年)~1980年(昭和55年)生まれ)
・「アムラー第2世代」(1985年(昭和60年)~1995年(平成7年)生まれ)

ではそれぞれどの様なファン層なのか見てみましょう。

 

「アムラー第1世代」に相当するファン層とは以下のように言われる方々になります。

①まず安室ちゃん本人の表現(前掲[17])では「小室さん時代にファンになってくださった方。」

②音楽の面から仕分けて見た場合では「安室ちゃんはとにかく可愛い!! しかも踊りも踊れて曲もカッコイイ!とファンになった方。」(前掲[16]

③生きた時代から見た場合では「(1995年)~1997年に青春時代を送った人。アムラー真っ盛り時代。社会現象。」(前掲[13]

 

一方、「アムラー第2世代」に相当するファン層とは以下になります。

①安室ちゃん本人の表現(前掲[17])では「Nao’ymtさん、T.Kuraさんとmichikoさんに曲を書いて頂いていた時期にファンになってくださった方。」

②音楽の面から仕分けると「クオリティの高い楽曲が気に入って聞いていたら、やっぱり安室ちゃんはカワイイ!とファンになった方。」(前掲[16]

③あるいは年代面でみると、
 「2004~2008年の新規ファン層
  =2004~2008年に青春時代を送った人
  =だいたい1985~1995年生まれ
  =現在(2018年)アラサー~20代半ば が多い」(前掲[13]

 

本稿では上記の③のように分かり易く表現したブログ「わりとこうアムログ」でのニスタさんの定義[13]に従って、「アムラー第1世代、アムラー第2世代」という言葉を使わせていただきます。(ニスタさん、ありがとうございます。)

ところでアムラーが二つに分かれていることには理由があります。

安室ちゃんが今日カリスマ的評価となっているのは、平成時代も後半となる時期(2005年以降)にいわゆる「低迷期」からの復活を遂げたことに異論はないと思います。その過程は本サイトでも「コラム4.安室ちゃんの復活劇 どうやって復活したか?」で触れていますが、今一度おさらいしてみましょう。

1995年のソロデビュー以降は小室哲哉さんプロデュースのもと、アムラー現象を起こすほどの人気となりますが、2000年末にはそのプロデュースが終わり、安室ちゃんはセルフプロデュースを選択します。これは安室ちゃんにとっては新たなスタートを切ったという位置付けでした。しかし自分がいいと思う作品をどう表現してファンに届けることができるか、苦悩と模索の時期に入ります。そして「SUITE CHIC」プロジェクトへの参加を経て、クールなR&B、Hip-Hop系のダンスと楽曲で進むことに方向を固めます。と同時に、ここでファンが「強くてかっこいい安室奈美恵」を求めていて、自分の音楽の方向性を「強くてかっこいい安室奈美恵」で表現すればファンに届くことに気付きます。この時期に安室ちゃんの良さを「発見」し、支持したファンたちは、クールなR&B、Hip-Hop(Zeebraさんの表現では「ふわっとした良さ、ダンサブルな」[24])になじみ、安室奈美恵を優れたB系アーティストと捉え、そのファッションセンスやルックスの良さにおいてもファンになった人たちでしょう。(ここでは小室さんの楽曲が優れていないといっているわけではありませんので、誤解なきよう。)彼らはまさに2004年~2008年のあたりに青春を送った世代であり、この人たちが本稿でいう「アムラー第2世代」というファン層です。この時期(2000年代)はまさにネット文化の開花期になります。掲示板を始めとするSNS、ネット配信やユーチューブが急速に普及します[25]第2世代はユーチューブや映像配信に親しみ、楽曲もルックスもカッコイイ、映像映えする安室ちゃんを支持し、その人気を下支えしたと考えられます。このファンたちによる安室ちゃんの評価と支持が無ければ、安室ちゃんはセルフプロデュースという新たなスタートを切ることはできなかったでしょう。[26]

一方で「アムラー第1世代」は小室さんプロデュース時代からのファンたちですが、一時期は様々な理由から安室ちゃんから少し遠ざかっていた人たちでしょう。しかしながら、この「アムラー第1世代」が再び安室ちゃんのファンに戻らなければ、NHKをして「完全復活」[27]と言わしめた2007年(平成19年)を安室ちゃんは迎えられなかったと言えると思います。

アムラー第1世代と第2世代。もしどちらかがいなければ、安室ちゃんの25周年はきっと様子が違っていたでしょう。ではなぜ「アムラー第1世代」が平成時代後半以降にふたたび安室ちゃんに注目するようになったのか?「強くてかっこいい」だけならば、当時ほかにもアーティストはいたはずです。

 

2.「アムラー第1世代」が生きた平成とは

安室ちゃんの魅力には先に触れたように、「強くてかっこいい安室奈美恵」だけではなく、ストイックなプロフェッショナル意識をもつアーティストという点があります。セルフプロデュース以降そのイメージは以下のようなストーリーが語られることで、さらに固まっていったことでしょう。

・ライブが活動の中心で、ファッション雑誌以外のメディア露出をあまりしない。
・ライブでのMCや休憩が極端に少なく、歌って踊りたおすスタイルである。
・ライブの開催数が半端ない。
・スタイルが完璧。
・私生活をあまり語らない。
・仕事のオンオフがはっきりしている。
・ああだこうだと言い訳めいたことは言わず、結果に責任を持とうとする姿勢。
・ゴシップについて、沈黙により無視するか、あまりにも理不尽な場合には、断固として毅然とした対応を取る。ゴシップに迎合することでマスコミを利用するような態度は取らない。

このストイックなプロフェッショナル意識をもつアーティストという点が、「アムラー第1世代」に強い印象を与えたのではないかと思います。

ここで「アムラー第1世代」とはどういう世代なのかを見ていくことにします。アムラー真っ盛りの時代(1996年ごろ=平成8年ごろ)に彼女たちは幾つだったのでしょう。アムラーの中心はハイティーンなので、

1995年(平成 7年)に 15~20歳 ← 1975年(昭和50年)~1980年(昭和55年)生まれ。
1996年(平成 8年)に 16~21歳 となる。
1997年(平成 9年)に 17~22歳 となる。
1998年(平成10年)に 18~23歳 となる。

以上のようにいわゆる「ポスト団塊ジュニア世代」の前半の世代(1975年(昭和50年)~1980年(昭和55年)生まれ)にピタリと一致します。一般的な世代論では「ポスト団塊ジュニア世代」の特徴は以下のようにまとめられています。[28][29]

・やりたいことのためにスキルを磨く意識が高い。
・自分への投資にお金をかける。
・画一的ではなく、個性やライフスタイルを貫く消費スタイルに共感する傾向が強い。
・肩書重視の価値観が強い。→有資格や専門職(プロフェッショナル)志向が強いともいえる。

このような傾向を持つに至る時代背景としては以下であると言われています。

①バブル景気崩壊後、銀行の不良債権問題が深刻化し景気が低迷する中でアジア通貨危機が波及。銀行・証券等の倒産が相次ぎ、1998年には経済がマイナス成長に落ち込む。その後日本経済は2000年代前半まで経済が停滞。このような経済状況の中、大卒有効求人倍率は1999年(平成11年)に最も低く、一倍を割り込む水準まで落ち込み(倍率が低いほど就職難となる)、いわゆる超就職氷河期に就職活動を経験した。

②そのため就職活動や転職市場また昇進昇級において、自分を売り込むためにあるいはやりたい仕事のために、自分の市場価値を高めるようスキルを磨く必要性が高くなった。またプロフェッショナル(専門)志向が強くなった。

③就職氷河期によって自分がやりたいことができなかったことの裏返しとして、自分らしく生きること、個性やライフスタイルにこだわることが重視されるようになった。

つまり「アムラー第1世代」はまさに就職氷河期に生き、それを乗り越えつつ、平成時代中盤(2000年代以降)には社会人として社会の中核へ台頭してきた世代に重なります。(下図表参照)

なお「ポスト団塊ジュニア世代」の特徴は、世代論だけではなく社会思想的なアプローチからも説明することが可能です。本文最後の章「補追. 社会思想的なアプローチからみたアムラー第1世代の特徴」を参照ください。

大卒求人倍率の推移[30] →実線は求人倍率を示す

(出典 世界経済のネタ帳「日本の一人当たりの名目GDP(自国通貨)の推移」より)

 

3.「アムラー第1世代」に安室ちゃんはどう映ったか

アムラー第1世代」が位置した「ポスト団塊ジュニア世代」の前半の世代は、スキルを磨き、やりたいことをする、そして自分らしく生きる。そのような生き方を重視する傾向があるようです。スキルを磨き、やりたいことをする。それは自らが目標や計画を立て、自分の定めたルールを守って努力を続けることに他なりません。自分自身に客観的に目を向けて、自らが決めたプランを実行に移すのです。自分のルールを守るという意味で、周囲の環境や他人の価値観に流されずに自立し、かつ自律的(ストイック)でなければなりません。社会人として責任を持ち、揉まれていくなかで、「アムラー第1世代」にはそのような姿勢がより深まっていったものと思います。

ストイックとは、自分に厳しく欲望に流されない姿勢をいい、ストイックな人は目標や理想のために自分の定めたルールをきちんと守る特徴があります。周囲や他人に流されることを良しとはしません。ストイックは「アムラー第1世代」を特徴づける一面ではないでしょうか。

セルフプロデュース以降、安室ちゃんは自分が実現したい目標をかかげ、人に流されず、客観的に自分を見つめ、ファンと対話して、ひたむきに自らの作品の質を高め、ファンに届けてきました。安室ちゃんのストイックなプロフェッショナル意識というものがそういうものであるならば、それは「アムラー第1世代」にとって常に意識される姿勢であり、目標とすべき姿勢であり、あこがれる対象となったでしょう。安室ちゃんのストイックな一面は、バブル景気崩壊後の厳しい平成の時代において、「アムラー第1世代」が自然と身につけ、より重きを置いてきた価値観に沿うものであったでしょう。ストイックという安室ちゃんの印象は、「アムラー第1世代」に対して、とても強いアピールとして映ったに違いありません。[31]

横並び意識が強かったバブル経済期の崩壊後に登場し、「自分らしく、強くてかっこいい」生き方に憧れたアムラーたち。その後の平成の厳しい時代を生きていくこととなる。
写真上は厚底ロングブーツにミニスカートの「アムラー」。1996年(平成8年)6月撮影 読売新聞/アフロ提供。
写真下は経営破綻による営業譲渡前に看板が外される旧北海道拓殖銀行の支店。日本の高度成長を支えてきた大手銀行の破綻の連鎖は世間に大きな衝撃を与えた。1998年(平成10年)10月撮影 読売新聞/アフロ提供。

 

ところで「アムラー第1世代」と「アムラー第2世代」のあいだにぽっかりと挟まれるポスト団塊ジュニア世代の後半の世代(1981年(昭和56年)ごろ~1985年(昭和60年)生まれ)。彼女たちはいわゆる「コギャル」としてギャル文化を深めていった世代です。彼女たちも2000年代中盤以降に続々と社会人になっていきますが、前半世代と同様にスキル磨きが重要であることは十分認識している世代です。その世代も安室ちゃんを意識するようになるのは当然の成り行きと言えましょう。しかも彼女たちはメイクなどで「自分らしくありたい」と自己表現することにデフォルトで長けており、「かわいく」あることに貪欲です。2008年(平成20年)以降、Nao’ymtさんが安室ちゃんの「妖しい(ミステリアスな)」一面を見出し、ファンタジーというストーリーを溶け込ませます。(前掲[18]) ファンタジーは空想とか不可思議な魅力という意味で用いているようですが、「妖しさと美しさを備えた、ちょっと危ない不可思議な存在」と捉えても良いかもしれません。それはまさに「大人かわいい」を体現したものでした。「大人かわいい」が好きな女性であれば、ポスト団塊ジュニア後半世代もまたそれ以降の世代も「安室ちゃんカワイイ」とあこがれていったでしょう。「namie amuro BEST FICTION TOUR 2008-2009」では「かっこいい安室奈美恵」に「大人かわいい」という要素を加えて敢行されますが、その大きな成功は彼女たちポスト団塊ジュニア世代の後半の世代からの支持をも示すものとして、重要な意味を持つものでしょう。[32]

「namie amuro BEST FICTION TOUR 2008-2009」が大成功に終わった2009年(平成21年)には、ファッション雑誌「sweet」を発行する宝島社が新聞全国紙朝刊に「一生”女の子”宣言!」を意味する全面広告を打ち、「大人かわいい」が平成の価値観として広く認識されます。[33]「強くてカッコよく、ストイック」で「大人かわいい」を兼ね備えた稀有なアーティスト安室ちゃん。時代のキーワードたちの先頭に立ちます。

 

4.アムラーは生き方そのものであった

セルフプロデュース以降、安室ちゃんのストイックな生き方にあらためて心惹かれた「アムラー第1世代」。優れた音楽性を持つアーティストとして安室ちゃんを「発見」し、ファンになった「アムラー第2世代」。そして「安室ちゃんカワイイ」を中心に、その自己プロデュース力に心を奪われたポスト団塊ジュニア世代の後半世代以降のファンたち。その人たちが回りを巻き込む形で安室ちゃん人気を盛り上げていったと思います。(下イメージ図参照)

そして彼女たち(彼ら)の大きな支持をバネとして、「本当に素晴らしい楽しい30代」[34]と安室ちゃん自身が言う平成最後の10年間を、安室ちゃんは駆け抜けていきます。

社会現象となった「アムラー」である第1世代たち。安室ちゃんが「強くてかっこいい、カワイイ」イメージを確立した2008年以降、B系になじんでいる第2世代とともにコアなファン層として、平成最後の10年間安室ちゃん人気を盛り上げていった。その10年は安室ちゃんが「本当に素晴らしい楽しい30代」[1]と語った期間と重なる。

図の詳細説明はこちら

[1]講談社発行 ViVi 2018年8月号 55ページ 2段目インタビュー記事より文言引用。

 

彼女たちアムラーがスキルを磨きたい時、なにかを目標に頑張らなくければいけなくなったときは、安室ちゃんのストイックさに励まされたでしょう。またしんどくなったときには「Baby Don’t Cry」で「きっと大丈夫」と安室ちゃんから声をかけられ、元気を取り戻したしたことでしょう。

バブル景気が崩壊し、「自分らしくありたい」という世代が台頭した平成の変革期に新たなスタートを切った安室ちゃん。「強くてかっこいい安室奈美恵」をひたむきにストイックに表現することで、それ以降の時代のひとつの生き方の手本となったに違いありません。そしてそれはアムラーたち自身の生き方そのものを体現した存在だったと思います。[35] 「アムラー」とは「自立して、自分らしく、カッコよく、ストイック」な生き方そのものを意味するのでしょう。安室ちゃんはそれを一貫して体現してきたのです。[36]

だからこそ、その引退に際してFinalツアーで皆感謝しつつ、慟哭したのです。

引退の日、渋谷のタワーレコードの安室ちゃん特設コーナーにささげられたファンたちからの感謝のメモ。2018年(平成30年)9月16日撮影。

 

5.男性が安室ちゃんに興味ない理由

ブログでニスタさんが問題提起していました。あんなにかわいいのに、ニスタさんの経験則では男性が全然安室ちゃんに興味ないのはなぜなのか。(前掲[13]) 私は2015年の「LIVE GENIC」からライブ参戦している新参者ですが、印象としては同じです。やはり男性ファンの姿はかなり少数だと思います。感じとしては、2015年、2016年は8割近く女性で、2018年のFinalツアーでは9割が女性ファンだったような。

なぜ男性が全然安室ちゃんに興味ない(あるいは、そのように見える)のか。女性ファンであればなんとなく直感的に察しはつくかもしれませんが、「大人かわいい」をキーワードに少し考えてみます。

先に「3.「アムラー第1世代」に安室ちゃんはどう映ったか」で述べたように、2008年(平成20年)以降にNao’ymtさんが安室ちゃんの「妖しい(ミステリアスな)」一面を見出し、安室ちゃんのイメージにファンタジーというストーリーを溶け込ませます。米澤泉氏(甲南女子大学准教授)によると「大人かわいい」ファッションはファンタジーの世界の主人公が着るような「矛盾を抱えた危うい服」と表現しており[37]、まさに安室ちゃんは「大人かわいい」という要素も兼ね備えたわけです。

男性が安室ちゃんに興味ない理由。米澤氏は多くの男性に熱狂的に支持されているアイドルAKB48と「大人かわいい(大人女子・ガーリー)」との比較で、AKBが男性ファンに支持される要因として「完成されていないこと、未成熟を武器にしている」ので、男性は親しみやすさを覚え、歓迎されるとしています。[38] 他方「大人かわいい」は「完璧なほどの隙のなさを持つ、完成されたもの」で「ファッションとして完成されている」と述べています。誰も安室ちゃんが「未成熟」だと感じるはずがありません。安室ちゃんは完璧なのです。

「強くてかっこよくて、かわいい安室奈美恵」。そうだからこそ女性ファンの心を掴むのです。「強くてかっこいい」にあこがれる若い男性ファンはある程度はいるでしょう。しかし「大人かわいい」に関心を持つ男性ファンは少ないと思います。またストイックがキーワードでファンになる男性もいるでしょうが、おおっぴらにその思いを熱く語ることはしないでしょう。だから熱烈な男性ファンは少なく、男性は全然興味がない(ように見える?)のでしょう。

 

補追. 社会思想的なアプローチからみたアムラー第1世代の特徴

「自立して、自分らしく、カッコよく、ストイック」な生き方であるアムラー世代は、どのように誕生してきたのか。
世代論だけではなく、社会思想的なアプローチからも説明できると思います。
そしてそこからは、戦後日本の時代の流れを読み取ることができます。

昭和から平成にかけての日本人の価値観は、伝統的な価値観(家の存続重視、村落共同体的な道徳、性別役割分業、子は親に無条件に従うべしなどの秩序意識)から、個人を重視するものに推移してきました。
その特徴や経過は世代論研究からだけではなく、社会思想的なアプローチからも考察できます。

世代論で浮き彫りにされた世代の特徴は、社会思想的にはどのように説明されるのでしょうか。

アムラー第1世代の「自分らしく生きる」という価値観は、どのような経緯を経て一般的なものとなっていったのでしょうか。

1.団塊世代・ポスト団塊世代

世代論[補追 注1]では以下の特徴を挙げています。

・1946~1959年生まれ。
・伝統的な価値観が残りつつも、より自由な考え方を持ち、核家族による家庭意識が強い。
この世代は、その親の世代の価値観である、家や親族単位での共同体的意識の影響を受けています。

この世代の親(焼け跡世代やキネマ世代などと呼ばれます)は、戦前(昭和20年以前)からの伝統的な価値観が強かったと考えられます。

では伝統的な価値観とは社会思想的にはどのように表現されるのでしょうか。研究者により内容は異なると思いますが、社会学者の宮台真司氏によれば、「まわりに住んでいる人たちはすべて知り合いといった村落共同体的な環境のもとで、『自分と周囲がちがわないことによる安心』をコミュニケーションの支えとする価値観」としています。[補追 注2 89ページ]

家ないしは先祖代々の墓の存続を重視し、秩序意識(親子、性別、家柄など)が強いことが特徴でしょう。
地域共同体や会社共同体を前提とし、「同じ県の出身」「同じ会社の社員」なら「わかるだろう」(=信頼感)と考える世代です。

他方、団塊世代は、戦後のアメリカ的文化生活に憧れ、それが生きることの大きな動機でした。またベトナム戦争反対運動や大学紛争など世代内で共有できる大きな社会問題がありました。
権威的で伝統的な大人世代に反発し、若者的なサブカルチャー(アメリカ西海岸的)を介してコミュニケーション(=信頼感)を支えていく世代であったわけです。

2.新人類世代・バブル世代

世代論[補追 注1]では以下の特徴を挙げています。

・1960~1970年生まれ。
・右肩上がりの消費を謳歌した世代。組織より個を重視する価値観を持つ。
この世代は、他人から見て分かりやすい形で自分自身を主張する風潮や、他人から評価されたい欲求があるとされます。

1970年代半ばにはベトナム戦争がなんとなく終結し、学生運動の挫折があり、若者世代で共有できる社会問題は崩壊していきます。
すると社会の中でコミュニケーションを維持する手段として、メディアと結びついたマニュアル的なものが重宝されるようになります。(例えば1977年以降の雑誌「POPEYE」)

TPOに対応した「正しい」ふるまいや身につけるものが何であるか(差異化)によって、コミュニケーションの前提を探った世代です。

「ちがいをわかってくれるヤツらがいる」という意識を下敷きとしています。(宮台 前掲 補追 注2 91ページ)

3.団塊ジュニア世代・ポスト団塊ジュニア世代

世代論[補追 注1]では以下の特徴を挙げています。

・1971~1982年生まれ。
・第二次ベビーブームとそれに続く世代で、同世代人口が多く厳しい受験競争の中で育った世代。
・子どものころから自分だけの部屋を与えられて一人で過ごす時間が長く持てて、個人やマイペースを重視する価値観を持つ。(野村総研 前掲 補追 注1 114ページ)
・また特にポスト団塊ジュニア世代は、画一的ではなく「こだわり」を持つことに価値観を持つ。(野村総研 前掲 補追 注1 116ページ)

新人類世代から始まる「差異化」を自己評価の判断ツールとする流れは、時間の経過とともに単に「快か不快か」にもとづく行動姿勢をもたらします。
「すきだからやる。放っておいてほしい。」的な。他との差異をもたらすものやマニュアルは重視されなくなり、コミュニケーションの前提は「快か不快か」が重視されるようになります。(宮台 前掲 補追 注2 277ページ)

またその結果として、差異があることに無関心な傾向となります。

世代横断的な価値観は雲霧消散し、コミュニケーションは同じノリをもつ同士のいわゆる「島宇宙」内部にとどまるようになりました。
このような状況は、彼らが高校生に上がりはじめ、同時に新人類世代が30代にさしかかって若者文化シーンから退却し始める1990年代には一般的になっていきます。(宮台 前掲 補追 注2 278ページ)

昭和から平成にかけての日本人において、世代間あるいは同世代内部でのコミュニケーションの前提となる共有する価値観ともいえるものは、大きくは以下のような流れであったわけです。

村落共同体的価値観 → 会社共同体的価値観 → アメリカ西海岸的価値観 → 差異化重視の価値観 → 島宇宙的な個別価値観

このように俯瞰してみてくると、ポスト団塊ジュニア世代は、どの島宇宙とコミュニケーションをとるべきか、自分の「ノリ」つまり「好き/嫌い」を自分に問いかけ続ける立場に次第に追い込まれてきた世代のように思えます。

「自分らしさ」を求める姿勢、「自分らしくある」姿勢がこの世代で明確になったのは、このような経緯があったのでしょう。
そしてアムラー第1世代は、まさにこの世代に該当します。

世代横断的な価値観が消失した1990年代以降は、世代論で時代を語ることは困難になったといえるでしょう。

4.さとり世代・デジタルネイティブ世代

世代論[補追 注1]では以下の特徴を挙げています。

・1983~2003年生まれ。
・日本経済の停滞期以降に育った世代。どこでも使えるPCであるスマートフォンがデフォルトで存在し、情報発信が活発な世代。
・気の合う仲間とのつながりを意識し、協調を重視する価値観を持つ。

協調を重視する価値観を持つとありますが、「島宇宙」的な個別価値観の延長線上にあるものかもしれません。

 

アムラー世代の特徴である、「自分らしくありたい」という価値観の成立は、以上のように社会思想的には説明できます。
では、もう一つの特徴である「ストイックである」ことを重視する姿勢が強いのはなぜでしょうか?
それを説明するためには、当時の彼女たちが見舞われた社会状況を考えるべきでしょう。それは男女雇用機会均等法の浸透と、平成不況といわれる日本経済の低迷だったのではないでしょうか。

1986年に施行された「男女雇用機会均等法」[補追 注3]は、1990年代を通して、少しずつ女性のキャリア形成に変化を与えてきました。
昭和時代では、女性のキャリアとしては、男性に対して従属的なキャリアしか選択肢が無かったと言ってもよい状況でした。しかし「男女雇用機会均等法」が施行されたことにより、男性と同じ職務をこなすという、新しい自立したキャリア形成(いわゆる総合職)とロールモデルが提示されるようになり、特に新卒社会人にとっては選択しやすくなりました。[補追 注4]

総合職では、その職務能力として、自主的に行動をおこす姿勢がより強く求められます。

また平成不況は、本稿の第2節「2.「アムラー第1世代」が生きた平成とは」でふれたように、超就職氷河期という困難な時期をアムラー世代にもたらしました。
そのため就職活動やスキル形成において、自らが考えて自分をアピールし、また自分が置かれた状況を自ら判断して、自分からスキルを磨く必要性が高くなりました。

男女雇用機会均等法と平成不況。

そのどちらも社会人として活躍し始めるアムラー世代に、複雑かつ困難な状況に対して、自らの考えに基づき一歩を踏み出すことを常に求めました。
これはいわゆる「主体性」そのものです。主体性とは「決め事がない状況において、自ら考えて動く」ことです。

アムラー第1世代は、主体的に生きることを迫られてきたわけであり、また同時に社会人として生きていく上で「主体的に生きること」を重視してきた世代であるといえます。[補追 注5]

自分自身が主体性を持って、生き方や目標へ向かって頑張るということは「ストイック」そのものといえます。
アムラー第1世代が「ストイックである」ことを重視する背景には、以上のような社会状況があるように思います。

  

「自分らしくありたい」という価値観と「主体的に人生を切り拓いていきたい」という思いの、2つのベクトル(バイアス)が1990年代の中頃に同時に発生し、合わさった。

その先に、安室奈美恵がいた。

「自分らしさ」を「強くてかっこいい」姿で「ストイック」に表現した安室奈美恵。

その存在にあこがれたアムラーたち。

アムラーたちが「強くてかっこいい」だけではなく、一貫して「ストイック」な安室ちゃんに、ずっとずっと長く心惹かれていたのは、その時代に生きる世代として、至極当然なことだったのです。

  

結び

「自立して、自分らしく、カッコよく、ストイック」な生き方。

彼女たちアムラー世代の特徴は、ここまで論じてきたように、世代の行動の特徴を論じる世代論でも、戦後の日本社会の移り変わりを論じる社会思想論でも、同じ結果として導き出すことができると思います。

そしてその生き方は、平成という時代における大きな流れの1つであったのであり、平成の世相のありようにも大きな影響を与えてきたと思います。

  

「失われた30年」と言われる平成時代。

「主体的に生きる」ことを迫られつつ、社会の荒波へ飛び込んだアムラーたちは、日本経済の低迷に揉まれる中で、社会の中核として駆け抜けていきます。

そんな彼女たちは、時代が流れゆく中でいつしか「強く、カッコよく」だけではなく、「やさしさ」をも、身につけてきたように感じます。

平成を代表する一曲である「SWEET 19 BLUES」。

アムラーたちの心象を歌った曲ですが、1996年にリリースされた初録盤と、2017年のアルバム「Finally」に収められた新録盤とを聴き較べた時の印象ですが、20年の時を経て安室ちゃんに歌われた新録盤の方に、より「やさしさ」を感じるのは、私だけとは思えないからです。

  

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